翻訳会社と目線

翻訳会社などが、翻訳する際に気をつけなければならない事に、誰の目線で語っているかという事が挙げられます。

小説などでは、登場人物の他にストーリーテラーが存在していますが、このストーリーテラーは、小説に登場している誰でもない、言うならば作者の声だったり、物語の主人公が過去を振り返りながら語っていたりします。

この様な狂言回し的ポジションは物語を進める上で必ず必要になってきますが、語っている人間がころころ変わっていては、一貫性のない文章になってしまうでしょう。

例えば、「私は公園で雑踏を聞きながら、ある人物の事を考えていた、辺りは暗くなり始めていた」の様な文章でだと、「ある人物の事を考えていた」までは、「私」が考えている事は明確ですが、その後の、「辺りは暗くなり始めていた」の件は、「私」が考えている事なのか、ストーリーテラーが語っている所かの判断はつきません。

これを、完全にストーリーテラーが語っている場合にするには、「ボブは、公園の雑踏の中で、ある人物を思い浮かべていた、そして辺りが暗くなり始めている事に気付いた」の様な文章にすれば、ボブの心境をストーリーテラーが語っている事がわかりやすいと思います。

イメージを膨らませる文章にする

映像作品ならば良いのでしょうが、小説においては文章だけで情景や登場人物を表現しなければなりません。

ですから、翻訳会社などの役割も大きくなると言っていいと思います。

単純に、映画を翻訳するのであれば、基本的に、映画内に出て来る文章や、登場人物が話している言葉だけを翻訳すれば良いのですが、文献になると、全ての表現を翻訳しなければならないので、格段に難しくなります。

「チャックは、朝日を浴びながらも疲労のために起きなかった、波しぶきにより面倒臭そうに眼を開くとウィルソンがいない事に気がついた」の様な文章で情景が浮かぶでしょうか。

この文章ならば、「チャックは、強い日差しで目を覚ましたが、極度の疲労で瞼を開く事を拒んだ、波しぶきに異変を感じようやく瞼を開くとウィルソンの姿がなくなっていた」の方が幾分かは情景が浮かびやすいのではないでしょうか。

想像力の優れている人物ならば良いのですが、小説を読み始めたばかりの人にも分かりやすい様にイメージを引き出せる様な翻訳が重要かもしれません。